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2019年6月 2日 (日)

69歳になって考えること 再考 「 空なる我 」

今日、「 空なる我 」でWeb 上を検索しましたところ、私の「 空なる我 」というのがヒットしました。

私は、これまで書いて来ましたように、「 空 」を「 エネルギー 」としまして、アインシュタイン氏の{ E=MC² }という考えを、そっくり頂きまして、「 般若心経 」の「 色即是空 空即是色 」が同じ考えだとしまして、「 一切皆空 」に従って、お釈迦様が「 無我 」とされましたのを「 空なる我 」と置き換えまして、「 宇宙(自然)エネルギー(神)と生命エネルギー(仏)の習合である 」と考えました。

物には分子構造とか原子構造とかありますように、「 空なる我 」という(神仏)エネルギーの習合が持つ引力のように、物質を引き付けた集合体が「 自我 」と考え、エネルギーを「 気配 」と捉えて、それを寄せ集めた「 心 」とか「 気持ち 」といった自分の存在感も、「 空なる我 」というエネルギーの現象と捉え、ここに固定することは偶像を作ることなので、否定しますが「 空なる我 」そのものはネルギーですので、引き寄せる力は、いわば「 非我 」という「 形 」を変えて「 我 」を残し、「 形 」を変えても消滅することはないエネルギーとしてそれを残しました。

私は、「 龍樹 」の思想を学んでいませんから、彼がいう「 空 」とは違いますから仏教ではありませんが、「 唯心論 」といいましても感覚や心そのものがエネルギーの現れである「 現象 」ですから、「 一切皆空 」の立場からは容認できず、分かりませんが「 龍樹氏 」が唱える「 中観(ちゅうがん)」 という考えからくる「 空 」と似ているように思いますが、その「 空 」が「 空っぽ 」であるとするなら、それを「 エネルギー 」と考える私の「 空 」からは違いまして、「 「空っぽ」どころか充実した中身の構造そのもの 」でして、「 エネルギー 」であるからこそ、形を変えて「 現象 」から「 現象 」へと「 形 」を変化することを可能とし、その「 形 」をどのような「 概念 」で実体化するのは人間に任せられているのだと思います。

ただ、これがお釈迦様の考えと一致するかどうかは、疑いがあるので、仏教ではないと思うのです。

これは、仏教とは言えませんが、生物や他の物質にアインシュタイン氏の考えが及ぶ限り、「 空なる我 」の「 現象 」の手が届くことになり、私の考えでは、すべての生物に及んで「 差別 」しないだけでなく全部が一体で分けられないとする「 無分別智 」にも届き、「 生命エネルギー 」が広がる「 浄土 」の中で、唯識論の阿頼耶識によることなく、時代や世代を超えて「 ワームホール 」のように、あるいは「 量子のゆらぎ 」となって、転生するのかも知れません。

なにせ、そこは、生命を司る「 阿弥陀仏 」の世界で、人間の想像を遥かに超えた世界かもしれないのです。







(6月2日)

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