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2019年3月 1日 (金)

69歳になって考えること 「 気持ち 」その2 の説明

「 気持ち 」その2 は、あまり整理されていない頭でしたので、わからないフレーズになりましたので言いたい事を説明します。

説明にならないかも知れませんが、書きます。

「 気持ち 」は「 環境の中での自分の存在感 」で「 心 」との違いが、まだ出来ていません。

それは「 自我 」とか「 自意識 」というものだと、現時点では思っています。

前に書きましたが、自分も含めて自然界は、「 色即是空 空即是色 」の世界=「万物は流転する」世界={E=MC² }=無常の世界だと思っていまして、自分も含んで全ての物が変化・変動し、そのエネルギー、あるいは法則を知ることが、「 知 」を得ることだと思いますがそれは、凡人の私に及ぶところではなく、その中での生命エネルギーの働きである「精神」の一つである「 認識 」について書いたのです。

常に変動するエネルギーは、上記の世界ですが、エネルギーの推移が物質の形の変化として現れる時、つまり現象として現れる時、その現れたり消えたりする条件を、認識の中で「 縁起、縁滅 」の世界として表現し、「 気持ち 」や「 心 」の「 縁起、縁滅 」を「 心変わり 」とか「 気持ちが変わった 」とか表現するのだろうと思います。

宇宙(自然)エネルギーの世界を、生命エネルギーによる「 認識 」で捉えるとき、頭脳で認識するために作り出した概念である「 時間 」や「 空間 」や「 無限 」などでは捉えることは出来ないので、なぜ「 時間 」とか「 空間 」とか言うんだろうという謎が、前者の「 捉えられないという意味での」謎が、二つとも「 永遠の謎 」として残りAIには解明することは出来ないだろうと思います。

「 気持ち 」の「 気(ki)」を宇宙(自然)エネルギーと生命エネルギーと分けたのは、人間界のコミニュケーションで人間が相手なら生命エネルギーの「 気持ち 」は使えるが、例えば熊や猿などを相手にした場合は生命エネルギーではなく宇宙(自然)エネルギーの「 気持ち 」を以て熊や猿の行動を見極める必要があるだろうと思います。

「 気持ち 」は、内部に秘めたエネルギーだと思いますので、現象である限り、当然「 万物は流転 」しますが、生命エネルギーですので「 縁起、縁滅 」を当てはめて、「 認識 」することも出来るし、「 縁滅 」する状態も認識可能だと思います。

その「 縁滅 」する状態の認識の使い道として、「 即身成仏 」や「 無我 」があり、それが「 縁滅した状態 」でして、なにも実際に、生きたままミイラになったり、臨死体験をしなくても、例えば禅をする方法で、生命エネルギーを限りなく少なくして宇宙(自然)エネルギーを把握すること、即ち、「 生きたままの死 」を得ることが出来て、「 彼岸 」に達することが出来るかも知れません。

ただ、それによって得られるものは自然界の「 知 」ではなく、自然界のエネルギーに沿って生きる事であり、お釈迦様がいう「 苦 」がない生活だと思うのです。

その「 生きたままの死 」の中で、「 生 」を発見するのが「 死中生有り、生中生無し 」の状態でなかろうかと思うのです。












(3月1日)

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