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2019年3月13日 (水)

69歳になって考えること 「私の仏教の解釈」 その後 2

これまでの事を書きます。

「 顕教 」-意識界(無意識A”)ー唯識ー「 縁起、縁滅 」-(A)

「 密教 」-自然エネルギー界ー般若心経ー「 色即是空 空即是色 」-{E=MC²}-(B)

「 意識は電磁波の構造を持つ 」という私の持論ー(C)

「 自我 」-自然界の中の自分という存在感ー無意識ー(D)

最後の「 自我 」と「 無我 」ですが、仏教の教えとは違って、「 我 」を否定するものですが存在するので「 空 」であり、エネルギーであり、それは宇宙(自然)エネルギーが生命エネルギーとなったのであり、後者は「 呼吸 」などで前者がなければ存在しないという意味で、自然物を形作る宇宙(自然)エネルギーであるから「 無我 」とします。

無我が生命維持のために無意識の力(エネルギー)を集めたものが「 自我 」というエネルギーだと考えます。

「 その1 」で述べたのは、(B)の中の(A)に「 無知 」があれば「 不安 」を生じさせる。
(A)の中で(B)が「 無知 」である時は、概念の破壊か新たな概念を要求して、「 安全 」に向かう。

(C)により、前者が、感情や空間意識を担当する右脳、後者は、言語や論理や因果や時間意識を担当する左脳で主に行われ、その「 安定 」した状態で、海馬で自然界のも流れ出す「 無意識 」の形をしたエネルギー(可能性の無意識)として蓄えられたのが「 自我 」(D)であると考えます。

(C)により、この一連の流れを可能にするのが宇宙(自然)エネルギーが生命エネルギーとなった「 無我 」というエネルギーであり、結果が「 自分 」だと考えます。

私の考えでは、お釈迦様は「 縁起、縁滅 」を言われているようですから、(B)の中の(A)の無知が「 不安 」や「 苦 」を生み出すから、完全な「 知 」を求め、「 自我 」と比較することにより「 不安 」を生じるので、「 無我 」を要求したのではないかと思います。

ですが、いかにコンピューターを並べても、これから来たりくる「 未知 」ともいうべき「 無知 」は防げませんから、達成まではほど遠く、それより(B)と認めて、自然物と同様に人間を考えると、「 無我 」に到達しやすく、「 苦 」からも逃れ得るかも知れません。 
















(3月13日)

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