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2019年3月18日 (月)

69歳になって考えること 私の進路 5、合理性を疑う

私は、「 気持ち 不安 」の所でも書きましたように、論理性や合理性は、誰にとりましても同じ結果になるから、無意識で感じた無常を宥めるものだと思っています。

ですが、この齢になった私には無理な話ですが、皆様の更なる進展のたまめには、「 合理性を疑う 」ことをお勧めするのです。

これを、実際に実行していると思われる人がいます。

その人は、「 藤井聡太七段 」だと私は思うのです。

彼が「 後手 」にまわった時、決まったような手を指すことには、以前「 藤井聡太七段の後手 」で書きました。

今度は、彼が指す手に、非常に長い時間を費やすので、それはなぜだろうと思っていました。

結局は、解説者が言うような手になるのですが、多分、彼はその手に納得して指したのでしょう。

私は、彼は「 合理性 」を疑っているために時間を要するのだと思います。

私は「 気持ち 不安 」のところで書きましたように、カントの言う感性で、無意識で気配を探り、自分の可能性という無意識に比べて不能と感じた時に不安になるとしましたが、解説者の言う通り、一見では合理的という考えも、疑うのではないかと思うのです。

合理性は、他人も同じ結果に導くという意味では客観的ですが、それは「 真実 」を意味するものではないからです。

科学の変遷を見ればお分かりでしょうが、ガリレオ氏やニュートン氏やアインシュタイン氏らの理論を超えるものが、量子論や超弦論などと言われ、これらは当時の世代に客観的
ではあるが、それが「 真実 」であるという保証はどこにもないのです。

素粒子から天体まで含んだ数式が、量子論と相対性理論と組み合わせで出来たと言いましても、その過程では朝永氏や南部氏らの対称性の崩れなどと考えなければ、現実を説明する理論にならなかったように、「 合理性 」は、小さな誤差を捨てて、大きな流れを把握したもので、「 神の数式 」というなら、全ての誤差も許さない数式であるべきで、なんの誤差も出してはいけないのです。

アインシュタイン氏が、「 神様はサイコロを振らない 」と言われましたが、「 真実 」は確率などではなく、「 必然 」なのです。

誤差が起きるなら、なぜ起きるかの確率も含んだ、「 必然にも迫る 」完全なる確率である必要があるのです。

中には、現実を説明するために頭脳で作り出した妥当性もあるでしょうし、頭脳自体が持つ弱点からくる「 実体化 」が加わっているかも知れません。

「 時間 」や「 空間 」は、意識なのではないですか?

人間の認識構造も明らかでないのに、「 神 」を考えることができるのですか?

「 神 」とはなんですか?

お釈迦様は、完全な「 知 」に到達するために、三毒を捨てなさいと言われました。

その三毒の一つである「 実体 」を考えることが間違いではないでしょうか?

「 色即是空 」で、実体は空(kuu)なのでしょう。

私によれば、それはエネルギーですが、言葉はエネルギーから派生、あるいは生み出された不可逆的なものですから、それで、自分を生み出したエネルギーを説明することは、困難だと思います。

「 合理性 」もエネルギーでしょうが、様々なエネルギーがあるように、世間から客観的という評価は、「 真実 」の前では効果がありません。

それを崩す「 合理性 」こそ、人類を前進させるのではないでしょうか?

藤井聡太七段は、「 将棋界 」の常識である「 指し手 」を変革しているのです。

それは、彼がAIにも勝る「 神の一手 」を繰り出すことからも、推察できると思います。

















(3月18日)

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