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2019年1月 8日 (火)

69歳になって考えること 「アドラー心理学」から得たもの

私は、前回、述べましたように人間は孤独であり、意識も別であれば「課題」も違うと思っているからでしょうか、女房は「 あんたには人情がなくて、冷たい 」と言って非難しますが、長男は女房とは違い、私を別方向から見てくれる「 優しさ 」があるように思えます。

小林係長のガンを見ながら、何も言えなく、友人の奥さんがガンであっても、何のアドバイスも出来ない自分を見まして、「 なんと冷たい人間だろうか 」と、なさけなくなってしまいます。

自業自得と申しましょうか、これが私が積み立てて来た人格だと思います。
生来、頭脳明晰ではなかったので、たいして出世も出来ず、病気もして平凡に生きてきましたが、小林係長の死にあたり、死を課題として考えるようになり、ここまで来まして、「 無常 」を知って、電子書籍を作りました。

今回、「 アドラー心理学 」と面しまして、自業自得の因果の外に、私の生来の凡庸さや、過去に患った病気を、現在を決定する因子とは考えずに、自分になぜ生まれて、残った人生で何をすべきかをたのか考えさせるための宇宙(自然)エネルギーからの「 苦い薬 」だと思って自分を変える要因とすることは有意義だろうと思います。

世の中の自分には責任がない病気や障害を持った人たちは、とっくの昔に、それに気づき、パラオリンピックでの活躍者や物理学者のホーキング博士のように、自分が行為することにより、同じ障害を持った人や困難な場面に直面している人にエールを送っているのでしょう。

彼らを見まして思いますことは、自分が障害という負い目を持たされて生まれてきたのに、産んだ親を怨むことなく自分がこうして生まれたのが、世の中で何を為すべきことを、宇宙(自然)エネルギーや生命エネルギーが結託して、自分に課した「 課題 」を、誰を恨むでもなく授かった能力を、淡々と果たすところに、自分も「こうありたい」と思い、死まで残された時間を捨てることなく「 苦 」に耐えて生き続けて、その果てに死を迎えるようにしなければと、思っています。

「アドラー心理学」により、自分の過去や未来を意味付けすることが出来るのは、「 今 」だけであることを刻み、「 今 」を生き続けまくてはと思います。

その他の問題は、私の指針として「 色即是空 空即是色 」を持っていますから、アドラー氏とは違う結果になってしまいます。

「 今 」が終わる「 死 」まで、これを貫き通すことが出来るかが問題ですけど………。










(1月8日)

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