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2019年1月10日 (木)

69歳になって考えること  過去の意味付け

ユーチューブを見ていましたら、「 大愚和尚の一問一答 」という僧侶の動画に出会いました。

私は、仏教など「 般若心経 」を唱えるくらいでして、それに自分が「 屁理屈 」をつけて生きているのが現状です。

ですから、仏教のことなど分かりませんが、大愚和尚さんは、まだ若いというのに自分に寄せられた手紙での相談への「 処方箋 」として生き方をアドバイスされています。

とても自分にはできないことをされているのを拝見しまして「大変、立派だなあ」と思って動画を拝聴させて頂いています。

私は、先回、「 アドラー心理学 」から得たものとしまして、「 今 」の中に「 過去 」を意味づけて「 今 」に潜む「 未来 」の自分を獲得すべきと申しましたが、「 大愚和尚の一問一答 」で、不安を生んでいる背後霊をつかみ出すというようなことを申されました。

私は、「 誕生から死後までの意識 」で、自分の死後を予想するのは各自の自由だとしましたが、お釈迦様は死後の世界については、何も言われていないと私は理解したからでした。

死後、自分がどこに逝くのか不安であれば、それを自分なりに想定して不安から逃れることも可能だろうと思ったのです。

「 他の動植物のエネルギーに輪廻転生してもよい 」と思うならそれでいいだろうし、ブッダになってその輪廻転生から逃れることを目指すのもいいと思います。

死後の世界は誰も知らないし、自分が想定した世界に逝くと思えば、死後の世界への不安もなくなるでしょうし、その世界が間違っているとは誰からも言われないでしょう。

こうして未来への不安を解消したとしても、過去から、現在も未来も決定されていると考えてしまえば、また不安になるかと思います。

お釈迦様は、自業自得と申されますから、その領域はそうかも知れませんが、自分の責任がない過去や能力については、前回、書きました。


私は、そんなときに「 アドラー心理学 」を生かして、「 過去は過去、未来は未来で、自分に力が及ぶところではなく、自分の力を発揮できる今という瞬間で、自分の能力を出し切ろう 」と考え、現状を過去のせいにするのではなく、未来の自分への「 課題 」や発展への「 可能性 」と捉えて、ジャンプの踏切り板にすべきだと思います。

「 今 」という瞬間を真実を写す「 写真 」や「 鏡 」のようにあるがままに自分を捉え、「 美人 」にするため紅など塗って化粧をするように、「 今 」の中に共存する「 過去 」に「 可能性 」という化粧を付与して、「 未来 」へ自分を生かすのです。

そのとき「 道具 」となるものは、「 アドラー心理学 」とか他の書籍から、自分の手で獲得したもの(例えば、流水をすくい挙げた手のひらの中にある水)がその「 可能性 」であると思います。

「 アドラー心理学の本 」とか「 有名な哲学の本 」自体は著者の可能性であっても、自分の「 可能性 」ではなく、それから自分が切り取った内容でなければ、自分が面した現実には役に立たないでしょう。

「 書 」を捨てて、書から得た「 可能性 」をまとった裸の自分が、現実に立ち迎えなくてはなりません。

なぜなら、すべては無意識の中での「 色即是空 空即是色 」の展開で、自分も事象も常に変化しているからです。

一時はその「 可能性 」が現実にマッチしたとしても「 無常 」ですから、いつの間にか不都合になるかも知れませんが、これは心配することはないと思います。

ちょうど、海の波のように、「 どん底 」であろうと必ず「 上昇 」はあると思います。

なぜなら、自然事象自体が「 無常 」であるからです。

サイン波のような波動に乗りながら、常に波の表面での「 接線 」を引いているという人生であるかも知れません。


その行きつくところに、生命エネルギーの源である「 阿弥陀仏 」がいらっしゃるだろうというのが私の考えです。







(1月10日)

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