老人の話


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2019年5月21日 (火)

69歳になって考えること  私が考える「 象徴天皇 」

私は、私立の法学部を卒業しましたが、これまで「 象徴 」としての「 天皇 」とは何かについて考えることはなく、恥ずかしいと思っています。

最近、天皇陛下の生前退位により、天皇の位置が引き継がれて「 令和 」という年号が内閣によって制定され、新時代を迎えるんだという気持ちが日本中に広まったと思います。

前の天皇は、自分としては憲法が要請する象徴となり得たと思われ、ご自分の年齢や体力を考慮され、今後は新天皇にその任を任せるべく譲位され、新天皇も象徴天皇を目指されると思います。

それに加えて、ある皇族の結婚を巡って、国民感情が賛否に分かれる事情を多くのユーチューブで拝見します。

皇族も国民であり、憲法による「 自由 」が国民一般に保障されているから、皇族も持つと言われるかも知れませんが、「 自由 」や「 権利 」の裏には、「 納税の義務 」などの国民としての義務を果たすことを求められていて、皇族が「 自由や権利だけ 」を持って義務を負わないのなら、国民も義務を放棄するでしょう。

私は、天皇や皇族が一般市民と区別され、世襲で地位を継いで国民の義務の税金で自分の生計を維持できるのは、自由、権利、義務を放棄して、その行動は政府に助言されるのを容認するから、その地位を認められるのであり、もし「 自由に結婚したい 」のであれば、皇籍離脱して一般人の法律のもとに従ったら良いのではないかと思います。

「 象徴天皇 」と申しましても、「 象徴だ 」と認めるのは国民であって、それも千差万別で様々な価値観からその思いが生まれ、国民の「 自我 」とともに流転し、一定とされないからこそ「 象徴 」であり、時代や年代や時々の思想などの影響で「 求められる象徴 」が相違するのは仕方がありません。

これは私の思い付きですが、江戸時代までの天皇と「 君主 」である明治時代の天皇には政治的に大きな違いがあり、第二次世界大戦の時は、国民の「 命 」を左右する存在に教育されていたことから、戦後占領下で「 天皇 」を活かして日本の制度を変えようとしたのは賢明であり、その頃の国民は、天皇が命を左右すると教え込まれていたが、当時の人権無視の政治を嫌っていたからから、「 象徴天皇 」として残してくれた占領体制に感謝したのだと思います。

(Web で「 象徴 」の意味を考える/日本政策研究センターで、憲法制定時の「 象徴 」が解ります)

私は、これまで「 神仏習合 」は良い考えだと思っていまして、それを初めて導入された「 聖徳太子 」に感服していまして、その人物が実在したか否かを問わず、君主の天皇はこうあるべきと思って、その政治力を取り去ったイメージが「 象徴天皇 」だろうと思います。

武力に頼らず、「 和を以て尊し 」とし、武力での最終解決ではなく「 仏 」という人のあるべき進路を示し、団結させた所に偉大な「 象徴天皇像 」を描いてしまいます。

私は、天皇家が信奉される「 神 」は神道の神でしょうが、古来、日本国中におわします「 やおよろずの神 」というのは「 数える事もできない神」でしょうから、その「 神 」を「 エネルギー 」と解釈しまして、エネルギーである以上は、数える事も見る事も出来ず、それは、数えきれないという意味で「 無 」であり、且つ「 無限 」であり、人間の意識では信じることも出来ないので「 神 」としています。

その、完全な均衡状態である「 神 」が「 バランス 」を崩して「 有 」という「 現象 」になったとき、自分たちの生命や財産を脅かすので、「 均衡が壊れないように 」、「 黙って眠られているように 」、懸命に祈る人が「 天皇 」であるから、古代は天皇は神と通じると思われていたのだと考えます。

このように、国民が災害から免れるように、神に仕えるのだから神社の「 神官 」のようで、且つ、人を仏教の教えで統治するという「 神仏習合 」の天皇の始めが「 聖徳太子 」だと思います。

しかし、明治政府から「 国家神道 」による神を要求されたように、現代の国民からは違った「 神 」を要求され、それが、同じエネルギーである「 神 」の具現化である国民と同じ立場の「 神 」(国民と同じエネルギー)の具現者である「 国民の天皇 」であることを要求するのだと思います。

ですが、国民一般の考えを持ったり、同じ生活を望むのは、現行憲法のなかでは「 天皇 」や「 皇族 」そのものを否定することと同じだと思います。

国民の一人である私から「 象徴天皇 」と認められるのは、私たち国民と同じ(権利や義務ではなく)エネルギーを持ち、自分は天皇であるけれど「 縁起縁滅 」で条件次第では、自分は障害を持ったり「いじめ」を受けて自殺したりする人にもなった可能性を自覚し、その弱者と言われる人の気持ち(自然の中での存在感)を察して、政治力は発揮できないが、同じ存在感を感じていますという、天皇の気持ちを持って、災害や障害を持つ人に接しておれば、自ずから「 象徴天皇とされる 」事になるかと思います。

災害現場にいち早く駆けつけても、「 以心伝心 」で、災害を受けたひとは、被災者である自分の気持ち(自然の中での存在感)が天皇の「 お心持ち 」の中に存在するか否かを見抜いてしまうでしょう。

「 私は天皇で、お前は平民だ。お前も災害に遭って可哀そうだ 」などという思いは、一挙に見抜かれ、それが「 自業自得 」と申しますように、自分の行動の全てが自分に跳ね返って来るものです。

このような被災者の気持ちと同じレベルの「 心 」を察する事が出来ないならば、災害現場には行かない方がよいでしょうし、行かれる皇族たちも、怖くて行けないでしょう。

現実は、税金で生計を立てて、国民に手を振って過ごし、自由勝手な振る舞いが可能なほど、甘くはないのです。

憲法で、それが容認されているのですから、仏教の高僧でもしないし、出来ない「 慈悲 」をこの世で見える「 現象 」として表されたらどうでしょう?

世界各国の国王に会う際にも、「 慈悲を施す 」という「 お心持 」は伝わるでしょうし、それが相手の国々に噂になって広がれば、国民全体の喜びとなるでしょうし、それが出来る立場の人が「 天皇 」や「 皇族 」なのだと思います。

自分を誇る必要はなくて、相手の心持を理解することが重要なのだろうと思います。








(5月21日)

2019年5月18日 (土)

69歳・病気 腰椎分離症になって 1 その経過

以前、タレントの大竹まことさんが、腰椎分離症と診断された時の感想を書きました。

Web で調べますと、どうやら今でも、マスコミで活躍の様子であり、「 69歳になっても現役 」など、羨ましい限りです。

大竹さんが手術をされたと聞きましたが、私の経済状況では、そんな事もできず、また掛かりつけの医者も手術を必要とするほどの症状ではないと診断されて、毎日、痛み止めの薬を飲んでいる生活をしています。

こんな些細な病気ですが、少しずつ快復しているようなので、その状況を少し書きたいと思います。

病気は、年齢や経験して来た職業や体の使いかたで違うので他人のことは、参考にしか過ぎないと思うのですが、私の体験を一応、書きたいと思います。

私が、この病気と直面しましたのは、65歳になって、もうすぐアルバイトで雇用されている期間が終わる頃でした。

立ち上がる際に、少しの痛みを感じましたが「 疲れているんだ 」ぐらいにしか思いませんで、接骨医院でマッサージを受けていましたが、急な痛みを左足に感じましたので、近所の整形外科を受診しました。

そこには、私と同じくらいの医者とその親だと思われる「 大先生 」がいました。

「 大先生 」は、レントゲンを見て、第五腰椎分離症で将来は「 すべり症 」になると診断され、手術するなら腰の所を補強するような事をするが、成功率は半分半分だと言われました。

それは、下手をすれば「 寝たきり 」になるんじゃあないかと思い、そんな診断に怯えて聞いていましたが、「 痛み 」の感じなくなり、整形外科では薬も頂きませんので、「 軽いんだ 」と思い、通院を止めて痛みをマッサージで解消しまして、その時はそれで終わったのです。

アルバイトも辞めて、夏には元気で歩き回り、暇を見学でまぎらわしていた頃、年末になって市内の医院が休日になろうとする頃、今度は、左足が痺れるほどの痛みを覚えて、整形外科を受診したところ、私と同じくらいの医者が診断してくれまして、改めてレントゲンを撮り、痛み止めの薬を頂き、また、その時はそれで終わったのです。

しかし、その後、67歳での「 お盆 」も終わった頃、今度は更に急激な痛みに襲われました。

その状況は、次回に書きます。

それが、月が変わって9月になったら、まるでウソのように解消しました。

その年はそれで終わり、68歳を迎えましてその年は何事もなく終わりましたが、その翌年、69歳になった師走の12月に入って、痛みがぶり返してしまいました。

今度の「 痛み 」は、前回ほどではないのですが、「 左足の痺れ 」ではなく、腰部から臀部の肉に痛みを覚えまして、臀部の痛みをそれに続く足の筋肉が引っ張っているような感じで、腰に体幹が乗らないのです。

その結果、80代のご老人のような歩き方を余儀なくされ、歩行も嫌悪するようになり、腰部や臀部や足の筋肉が細ってきてズボンも若い頃から想像も出来ないほど、ブカブカになってしまいました。

現状は、痛み止めの薬が手放せなくなり、麻薬依存症のような生活ですが、やっと腰に体幹が乗る様になり、歩くことを心掛けるようになりました。

整形外科に通院するうち、こんな70歳の手前で80代のご老人にも劣るような歩行をしていては、恥ずかしい気持ちがしたことも、その一因かも知れません。

この些細な病気だと思われる腰椎分離症が、それが腰椎を形成する骨の分離が原因だけに、いかに粘着性のある病気で将来は「 すべり症 」になって介護保険にお世話にならないとも限らないという不安や、何時、ぶり返して来るかの不安を与えて、憂鬱な生活を送らなければならないか?


さらに「 ガン 」などという病気に襲われたら、老後の生活も破綻するのではないだろうか?


「 病 」の「 苦 」は絶えませんが、地球の自転によって毎日違った天体の位置に置かれ、自然の中で活かされながら、「 苦 」に耐えられるように自分なりに「 自我 」を持つが故の「 苦の解消 」を図っていくしかないかと思っています。







(5月18日)

2019年5月16日 (木)

69歳になって考えること 私の進路 32「空」と武士道・「空なる我」で道徳(武士道)を超える

私の「 武士道 」については、「 空なる我 」という(神仏)エネルギーが、様々な煩悩を身に引き付けて形成した「 自我 」(心・気持ち)が、武士という職業で、どうあるべきか?という行動規範だろうと思っています。

その「 武士道 」は、時代の煩悩によって歪みますし、昔の「 武士道 」と、明治時代に要請された「 武士道 」は相違し、同じ時代で同じ世代の武士の、「 赤穂事件 」を武士道のあり方として批判する「 葉隠 」という考えや、その時代の民衆のように評価する者もいるかと思います。

各自が「 心 」の中に、独自に持っている判断基準の「 武士道 」によって評価が決まるかも知れませんが、それは専門家に任せて、私は「 空 」という仏教の考えと、大陸から入って来た儒教を基本とした「 武士道という道徳 」を考えてみたいと思います。

私が仏教と申しましても「 色即是空 空即是色 」の「 空 」を「 エネルギー 」であると考える所から仏教ではないのですが、既存の仏教の考えとは違った意味で「 空 」を捉え直して、「 仏教的に 」書いてみたいと思います。

私は「 空なる我 」を、宇宙(自然)エネルギー(神)と生命エネルギー(仏)の習合としたのですが、その(神)と(仏)をなぜ分けるのかと疑問に思われるでしょうから、その所から書きます。

私は「 一切皆空 」、「 色即是空 空即是色 」を妥当だと考えていまして、現象(色)はエネルギー(空)であり、エネルギー(空)は現象(色)であると考え、エネルギー(神)が、人間が認識可能になったのが現象(仏)と考えて、この現象(仏)が、お釈迦様が言う「 縁起縁滅 」という条件で認識させるもので、人が(仏)として振舞うべき行動規範が「 道徳 」だろうと考えています。


生命の現象を作り出す力(エネルギー・仏)は宇宙(自然)エネルギー(神)の一部で、後者の現象を認識させるために人間に「 五蘊 」を与えて「 縁起縁滅 」を認識させ、宇宙(自然)エネルギーは「 物自体 」に変化を与えて生命以外の現象を認識させると考えます。


あるべき武士の行動を「 武士道 」とするなら、その中に「 縁起縁滅 」があると思いますが、それが「 死に方 」や「 生き方 」であるのかも知れません。

 

「 道徳 」が「 武士道 」だと思いますが、昔は「 人切り、殺人 」に使われていた武道を、大陸から来た儒教の「 武士道 」の中で「 無私 」として主君に使える、つまり「 滅私奉公 」の意味に捉えて「 私情 」を殺す、あるいは無くすのが「 無私 」として、「 葉隠 」などにいう「 死に狂う(無我夢中)」という考えも、その「 死に方 」や「 生き方 」から出たものではなかろうかと思います。

それは、「 死ぬ事の肯定 」ではなく、「 どのように生きるか?」が「 武士道 」の裏に隠れていると思いますから、自分を全否定して「 死ぬ事 」の賛美ではないと思います。

仏教の「 無我 」を「 無私 」と解釈されたと思いますが、これは昔の高僧である最澄の「 忘我他利 」と似たような感じですが、Web を見ますと、この「 無私 」はお釈迦様がいう「 無我 」ではないと言います。

私の「 空なる我 」としては、エネルギーの習合している状態の「 私 」は否定せず、それは「 空(エネルギー) 」として「 私(我)」があるとしますから、お釈迦様がいう「 無我 」ではないと思います。

本来は清浄な生命エネルギーである仏(人間)になるため、煩悩を身に引き付けた「 自我 」を否定する事が必要ですが、その「 自我 」から「 空なる我 」へと戻すエネルギーが(神)、つまり宇宙(自然)エネルギーであると思うのです。

ちょうど、酸素を吸って体内の血液を清浄にするように。

江戸時代に、殺人のための武道が「 武士道 」に変わったのはなぜでしょうか?

「 自我 」である「 武士道 」が、殺人する心構えから、武士としてあるべき道徳に変わったのはなぜでしょうか?

それは、将軍に剣術を教える指南の立場になって、「 殺人剣 」を「 禅の道 」で変えたのだと思いますが、根底には人に対する見方、「 慈悲 」ともいうべき、同じ人間だという意識、つまり「 エネルギーの現象 」としては、殺す相手も自分と同じ人間(武士)だという考えが、「 禅 」の中に含まれていて、そこから互いに、人間(武士)として尊重すべき道徳が生まれるのだと思います。

それは、大げさに言えば、宇宙(自然)から人間という動物へのメッセージ(このままだと全滅するよというメッセージ)だと思います。

お釈迦様はすべてが「 縁起縁滅 」の因果の世界だと言われたと思いますが、それは人間の認識で捉えた「 因果 」であり、その「 因果 」を生むものが何であるのか、私にはわからず、繰り返す現象としての因果を「 無常だ 」と嘆くのではなく、変化を生むものを「 エネルギー 」であると考えました。

「 武士道 」を実践する(道徳を実践する)のも「 人の道 」だと思いますが、単純に「 武士道 」を賛美するのではなく、その「 道徳 」の裏に秘められている「 宇宙(自然)からのメッセージ 」を考えると、「 武士道 」を超える道徳が生まれるかも知れません。










(5月16日)

2019年5月15日 (水)

69歳になって考えること 私の進路 31 「空」と武士道・忠臣蔵と葉隠

私は、これまで書きましたように、武道家などではなく、Web 上で、「 武士道 」を想像するだけでして、それらに関しては全くの不勉強であることを書いておきます。

「 忠臣蔵 」については、「 赤穂事件 」、「 葉隠 」については「 葉隠 」というWikipedia の記事に詳しく書いてあるようですから、ご参照ください。

私がなぜ「 忠臣蔵 」と「 葉隠 」を選んで武士道を考えるかは、私の調べでは、前者の「 大石内蔵助 」と後者の著者である「 山本常朝 」は同じ年齢であること、前者での被害者の吉良上野介助の正室と、後者の主君の正室は、母親違いの姉妹であるという情報がありますので、両者は同世代であるだろうし、「 武士道 」についても、両者に「 自我 」の違いはあっても、「 空なる我 」である「 武士道 」は同じようだろうと思いました。

前者は、私が以前「 忠臣蔵・その男・大石内蔵助 」や「 気持ち・武士道 」という記事にも書きましたが、大石内蔵助の辞世の句に心惹かれるものがあり、弁護しようと思う気持ちがあります。

後者は、私の故郷の柳川は、昔は立花藩として、「 葉隠 」が書かれた鍋島藩と接していまして、そこの藩士の考であることと、三島由紀夫氏が「 葉隠 」を愛読して「 葉隠入門 」を書かれており(私は購読していませんが)、それをWeb で調べますと、どうも「 忠臣蔵 」を批判しているらしいことを知り、両者とも江戸時代の「 武士道 」が底流にあるような気がしました。

前者は、主君の遺恨を晴らすため吉良邸に「 討ち入り 」、その後に幕府に命で切腹したのですが、後者から1、なぜ主君の事件のあとに直ちに討ち入らなかったのか?2、討ち入った後に、なぜすぐに切腹しなかったのか?という批判があるようです。

後者は、「 武士道は死ぬことことと見つけたり 」という言葉で有名ですが、それが意味することは、Wikipedia によりますと、「 自己を中心とした利害に基ずく判断からの行動は、結局のところ誤った行動になってしまう 」そのため「 自己を捨てたところ、即ち自分が死んだ身であるとの心境から」 、「 最良の行動が出来る心境 」になる。「 常住死身 」とは「 いったん死んだ気でことにあたれば 」という意味であり、「 ただとある目的のためには、死を厭わない 」というものでなく「 潔く死ぬのが武士というもの 」ではなくて、戦をしない武士がどう生きるべきかを説いたものだと言います。

それは、特攻や玉砕や自害を肯定するものではないとしますが、「 無二無三に死に狂い 」というところから「 無我夢中 」に「 常住死身 」になることを要求しますので、そのような考えになるのかも知れません。

狂った状態でないと、「 死ぬ 」など思わないと考えますと、一応は納得します。

さて、1、の批判ですが、私の考えでは、主君の死亡事件のあとに直ちに殺害に及ばなかったのは、武士の基本的な武士道である「 喧嘩両成敗 」で両家が同じ運命を辿ることなく相手の家が存続するなら、当家も存続すべきとして、大石は、主君の弟を主君として浅野家を続けようとし、当時の武士道の「 家のための忠義 」を果たそうとしていて、それが絶望的で当家だけの断絶になると決まった後に、「 喧嘩両成敗 」の判断をせず、行為をすればお家断絶となる「 法 」で、主君を処刑した幕府を糾すために、「 復讐 」という「 私情 」を取り去って(無私の立場で)、親子に認められている「 仇討ち 」として、吉良邸に討ち入りして、殺害したと思います。

討ち入って殺害する違法性の阻却のために、「 仇討ち 」という形をとり、暗殺などの殺害行為を、藩士に禁じて、時間を稼いで討ち入る機会を待ったのは、そのほかにも、「 生への執着 」を当然と認め脱退を許して、「 死ぬ気 」で行為する人物を選んだとも思われ、大石は当初から、「 死 」を恐れておらず、同士が死を覚悟するまでの余裕を与えたのではなかろうかと思います。

討ち入る事は「 死 」を意味し、最後の最後まで、延ばすことによって、同士の気持ちを確かめようとしたため、「 仇討ち 」には時間が掛かったのだと思います。

それは、当初から「 死 」を覚悟の上での行動と思われ、「 葉隠 」がいう「 常住死身 」を実践して、見せたのが大石内蔵助で、生きながらえながら、これからの武士が進むべき方向を示しただけの後者の一段上に前者が居るように思えます。

さて、2、の批判ですが、大石は切腹して死ぬ事すぐに可能だったが、主君は幕府の措置に「 遺恨 」にあると思っていたので、このまま切腹するのではなく、幕府の考えが「 武士道 」から外れていることを幕府にわからせることでした。

切腹を待つ間に、他の藩への就職も、幕府が許せば可能かも知れませんが、私には、大石はそれも「 生への未練 」と考えているからこそ、あの辞世の句を詠めたと思います。

幕府は、親子の「 仇討ち 」は、違法性阻却になるけれど、君主と家臣には、その関係はなく「 仇討ち 」ではないとしまして、「 討ち入り 」を「 徒党を組んだ殺害 」として「 法 」を守るという立場から浪士たちを処刑した結果、違法か合法かの判断を民衆がすることになり、様々な「 忠臣蔵 」の芝居が発生したのだろうと思います。

 

ただ、それに加えて、当時は、その「 法 」を潤滑にするために、上位の役人が「 わいろ 」を要求することは当然の事とされていたため、そこにも民衆の怒りが集中し、「 忠臣蔵 」が美談として語りつがれるようになったと考えます。

このように考えますと、前者も後者も、「 死 」を覚悟して、いかに生きるかを共有していて、後者の思想を前者が実践して、見えない「 武士道 」を、みなが見える「 現象 」にしたものだと思います。

これを、私の「 空なる我 」から見た考えは、後日に書きます。









(5月15日)

 

2019年5月14日 (火)

69歳になって考えること 私の進路 30「空」と武士道(私説、武士道)

私は、何の武道も経験していなく、これから書くのは、Web 上からの知識でしかなく、詳しくは各自で、ご研究、ご探求をお願いします。

私は「 武士道 」というのは、その時々に応じて武士が為すべき行動規範ではないかと思います。

「 侍(samurai)」という立場が発生した、武士の心得を武士道精神(生命エネルギー)と呼びますなら、そんな侍の「 空なる我 」を中心に、世俗の価値観を身に纏ったのが「 自我 」ともいうべき「 武士道 」なのだろうと思います。

その生命エネルギー(精神)は、時代の求めで自分に引き付けて纏う善悪の価値観が違うので、古来の侍と後世の侍の「 武士道 」が違い、行動パターンも違うと思うのです。

明治時代に新渡戸稲造氏が武士道について著しましたが、彼も明治政府が要求した価値観をまとった武士道であり、江戸時代の「 滅私奉公 」を引き続いて持っていると、私は思いまして、武術に携われている人には、それなりの思想があって違和感を感じられると思います。

私がいう「 武士道 」も、私の「 空なる我 」という価値観が含まれていますので、Web 上のそれや、武道家がいわれるものとは大きく違うものです。

「 武士 」はテレビなどを拝見しますと、日本刀を脇に差して、自分や自分の主君に汚名を浴びせる者は無礼者として、殺傷してしまう殺し合いをする様な印象があり、これは古来から生死については基本的に持っているもので、これが基本で、この仕事を正当化して、より強い殺傷力(エネルギー)を得るために、様々な流派が生まれるのではなかろうかと思います。

古来の武士は、負けたら殺されるので、いかに勝つかを、心理面も含めて考えたのかも知れません。

時代の変遷につれて、自分が立脚している日常生活の安定を求め、煩悩を身につけ、生死に対する考えも変わるでしょうし、その思想に「 禅 」や「 儒教 」の支配層の教えが混ざり込み、「 武士道 」も変質してきたのではないでしょうか?

私は何も知らないのですが、例えば剣道の中に「 禅 」の教えがあっても、その根本である「 仏教 」の教えなど聞いたことがありません。


それは、例えば禅を極め、剣術への姿勢を変えるのは、生死に関わる「 神(エネルギー)」には関連すると思いますが、「 人の道 」は、せいぜい大陸からの、「 滅私奉公 」を教える「 儒教 」でしょうし、Web 上で書かれている内容であり、人があるべき事は教えられず、死後の阿弥陀仏の救済しか説かれない仏教しか知らない一般大衆を天皇制の態勢の中で統治するため、江戸時代から続いている支配のための思想に塗れた「 武士道 」が明治政府に採用され、天皇制の下での第二次世界大戦を遂行するために「 武士は潔く死ぬ。死んで神となれ 」という軍国時代の要請に変質させられた「 武士道 」で、神風特別攻撃隊も他の玉砕者や自害者の背中を押したものではないかと思うのです。

私が言う「 空なる我 」は、その人の生命であって、天皇でも庶民でも、敵国認定された他の民族の人でも、「 エネルギーのひとつの現象 」であることには変わりないと思います。

時代の要請に応じて、「 エネルギーの現象 」として敵国がいるのであり、DNAという生命エネルギーが違うのなら、その違いを少なくすべく、「 自我 」である社会体制や人権に対する考え方を改めるべきだと思います。

人とブタやウシなど、DNAは違っていても、構成する自然エネルギーは同じでしょうし、生命エネルギーが人間より劣るから殺して食用にするのは、平等である「 神(エネルギー)」を「 自我 」のために消滅させて生存することでしょうが、「 現象 」たる動物を殺傷して消滅したはずのエネルギー(神)が復活して、ブタやウシとは違った形で、例えば自然災害として殺傷した人間に復讐をするかも知れません。

ですから、その動物が持つエネルギーを摂取することによって、人間も進化すべきでしょう。

殺傷した後、進化をしなくてはならないのなら、武士も試合に勝って相手を殺傷したら、精神を高めるべきで、今のスポーツでも、勝利後のガッツポーズは厳禁のように、「 武士道 」は、過去の死者を弔うために行うべき礼儀なのかも知れません。

「 武士道 」を考えると申しましても、69歳の私には、わかりませんので、昔は年末特番で放映される事が多かった「 忠臣蔵 」と同世代と思われる「 葉隠 」の中で、大石内蔵助と山本常朝という人の「 武士道 」を、主にWeb 上から拾って、次回は書こうと思います。









(5月14日)

2019年5月12日 (日)

69歳になって考えること 私の進路 29  「空」と武士道 その2

私の進路は、既に決まっていて、「 誕生から死後までの意識 」や「 神仏習合と私 」に見られますように、誕生から死後までは、自然の中のひとつの循環と考えていまして、後から、その「 神仏習合 」の状態は「 空なる我 」であって、それから煩悩を身にまとって「 自我 」となり、生命エネルギーの終焉が「 死 」という「 形 」であり、私を形作ってくれたエネルギーは、生命の源泉である「 顕教 」でいう「 阿弥陀仏 」と宇宙(自然)エネルギーが戻るところは、多分、「 密教 」でいう大日如来のもとに戻るのだろうと思っています。

私は、その中に「 武士道 」などという考えはまったく考慮していません。

ですが、私の死生観と、どれほど違うのかを考えるために、武士道を考えるだけですので、本当にその「 武士道 」をお知りになりたいなら、武道の先生や、書籍をご覧ください。

私は「 武士道 」という単語を「 武士として生きる道 」と簡単に考えていて、「 これが武士道だ 」というのではありません。

私は、神仏習合というのは、聖徳太子の「 和を以て尊し 」とされたところからだと思いますが、仏教伝来の前に日本にあったのは「 やおよろずのかみ 」であって、それは無数の神と考えますと、私は「 神 」を「 自然エネルギー 」であると考えました。

日本に海外から多くの宗教が持ち込まれますが根付かないのは、「 神 」という自然エネルギーの上に、「 人を統制するための手段 」、大衆が心に持つべき「 人の道 」として「 仏教 」が導入され、大陸から伝来したためか、インドのブッダが説いた考えは支配者の天皇の「 慈悲 」を生んだかも知れませんが、もっぱら「 統治の手段 」として使われたため、本来の教えは根付かず、神道の山伏修行などに役立つ考えである「 般若心経 」のような自然エネルギーに通じる考えが残り、それが日本全般に行き渡って、後世の「 無常観 」が出来たと思うのですが、それは、鎌倉仏教の顕教からも「 無常観 」が出て来たのかも知れませんが、日本全体に広まったのだろうと考えています。

私は、仏教を統治手段として国が受け入れたと思いますから、民衆は仏教の教えからほど遠く、「 無常 」という考えしかなく、鎌倉仏教の顕教から、「 阿弥陀仏 」による死後の救済を夢見て、統治されるがままの生き方をするしかなかったのではないかと思います。

海外から、生き方としての宗教が伝来しても、生き方は日本式にしか生きられませんので根付きませんが、大陸からは、「 統治手段 」である儒教や朱子学(孔子や孟子や老子などに考え)は遠慮なく、統治や教育に入り込んで、武士の世界や民衆の寺子屋で「 論語 」を教えたりもして、武士のあり方を定め「 武士道 」となったが、その以前に存在していた「 武士道 」との違いが「 赤穂浪士の討ち入り 」をした大石内蔵助によって鮮明にされたのだと思います。

それと同時代を生きた山本常朝が、これを忠義とはしないと書いたのが、「 武士道と云うは死ぬ事と見つけたり 」という言葉で有名な「 葉隠 」を書きました。

この書物が、第二次世界大戦の日本軍でも読まれ、鎌倉仏教から出た親鸞が著した「 歎異抄 」も読まれたものですが、私から見ますと、仏教に関する書籍であっても、「 統治手段 」としての仏教ですから、ブッダの教えからほど遠いものだと思います。

「 葉隠 」にしましても、「 いったんは死んだつもりで、事にあたれ 」とうのが趣旨であるのに、教育も十分でなく何も知らない若者や庶民が、額面通りに、「 潔く死ぬのが武士だ 」と思って死んでいったのではないかと心配です。

この「 葉隠 」を愛読したのが三島由紀夫で「 葉隠入門 」を書いていますから、興味がある人は、お読みください。

これら、「 武士道 」については、次回に書く予定です。

私は、仏教が「 統治手段 」として受け入れられた結果、武士の台頭により、「 統治手段 」として「 儒教 」や「 朱子学 」も大陸から受け入れたと思っています。

江戸時代に「 滅私奉公 」を是とする儒学を受け入れて、藩主に武士や庶民が「 滅私奉公 」する「 士農工商 」という身分制度でしたが、討幕後、天皇中心の明治時代になって「 士農工商 」という身分制度を廃止したが、中身の「 滅私奉公 」すべき藩主を天皇へと、方向を変えただけで、明治時代以降の「 宗教の自由 」は名ばかりで、神道を「 国家神道 」とし天皇を神とする生活を強要し、その下で天皇への「 滅私奉公 」を、国民に強いたと考えていまして、「 維新 」と申しましても、封建制度から天皇制度と変わっただけで、国民はこれまでは藩主に奉公していたが、その奉公先が天皇に変わっただけで、経済は豊かになっても市民が支配権を獲得したとはいえないものだと思います。

孔子や孟子による儒教の発祥地であるシナ(中国)では、とっくの昔に消え果てて、現在に残っていないと思うのですが、統治手段として日本に入った儒教は「 滅私奉公 」という言葉が明治時代にも使われていたように、武士という身分は廃止されても、「 道徳 」・「 修身 」として残っていて、新渡戸稲造が「 武士道 」といったのも「 道徳 」として残っている「 儒教の教え 」を書いたものであり、「 滅私奉公 」で代表される儒教は、江戸時代から明治時代へとそのまま残り、教育や軍部の身分を肯定させ、「 軍人勅諭 」の中にも活きているのではないだろうかと思います。

その後に、第二次世界大戦が始まり、人が人を殺すという仏教では最も禁じられている戦争をすることになっても、当時の哲学者や帝国大学教授などの知識人や仏教界からも、戦争をやめる動きが弱く、哲学者や知識人も、「 肯定しなければ死 」を突き付ける軍部の前では、学生や若者に「 死んで神となれ 」など「 軍部が解釈した神 」しか言えない集団になり、若者は「 人を多く殺傷して自分は悪人で地獄に落ちる 」と思う人も「 阿弥陀仏 」が救ってくれるという「 歎異抄 」や「 葉隠 」の本を戦地に持参して、他人を殺す自分をかろうじて救うしかない状況で戦ったのだと思います。

これらが、人を殺傷する武士の心の安定のために書かれたのであり、現在まで無批判に保存されてきたものを、そのまま若者に戦地へ持参させるなど、僧侶の怠慢にも絶望するばかりです。

これも、仏教などを、「 統治手段 」としてしか考えていないためだと思います。

私は、この点で「 日本仏教 」の、「 権力の前での無力さ 」を感じまして、長い間、日本仏教を信じませんでしたが、この齢になって死後を考えますと、この頼りない仏教に任せるだけですが、私は、聖徳太子の「 神仏習合 」の考えに戻って、仏教を、人が人として行為できるように自分を人格形成する教えと捉え、政治家などの為政者も、このことを念頭に置いて行為すべきだと考えるようになりました。


私の考えでは、生命エネルギーは前述しましたように循環し、これを「 神 」として、生命エネルギーの発露、あるいは発展形である「 自我 」は、社会に現れた「 現象 」であり、社会の中の人として為すべき道の教えを仏教として、エネルギーが現象として存在中は(生存中は)仏教に従って自分を統御すべきとしました。

同じブッダの教えのもとで「 顕教 」と「 密教 」に分かれ、その中でも宗派間の争いをするのは「 愚か 」だと考えまして、以前、ブログに書きましたように、この二つを統合し、政治家や僧侶のすべきことは「 慈悲 」の実践であり、そのためには、「 空なる我 」を持っていなければ、「 慈悲を施す気持ち 」が湧いてこないと思いまして、「 空なる我 」を主張するものです。









(5月12日)

 

2019年5月11日 (土)

69歳になって考えること 私の進路 28  「 空 」と武士道 その1

「 私の進路 」と言えば、「 死ぬのが、おまえの進路だろう 」と言われると思いますが、それは真実です。

私は69歳。

あと何年経てば「 認知症 」になり、あと何年たてば「 死 」を迎えるのでしょう?

若い世代から「 団塊の世代 」として厄介者と言われながら、憲法の生存権を保障して頂いている結果なのか各月に年金を頂いて、相変わらず、しぶとく生きていますが、そんな老人の独り言として、「 私の進路 」を書いています。

私は、これまで「 空なる我 」を書いて来まして、その現象体が「 自我 」だと考えていますが、この「 空なる我 」を構成する生命エネルギーの終焉である「 死 」について、少し触れたかと思うのですが、これまでの流れで「 私が進むべき進路 」である「 死 」について書いてみたいと思っています。


若い皆さんには、待望の「 老人の死 」ですが、私もこれに賛成しているのです。

前回も書きましたが「 生きる 」ことは「 新陳代謝 」することを特徴としていますから、私が長生きをするために市販の健康食品を買い込んで「 アンチエイジング 」することを是とするのではありません。

私には、その資金も持ち合わせていませんから、そのような方法で長生きしたくても不可能であるのは明確ですから、私は、寿命の尽きるままに、ネコやイヌやゾウのように「 死場 」を選んで静かな死を迎えることを是としています。

長生きしても、短命のまま散っても「 散る桜 残る桜も 散る桜 」でして、「 桜 」として生きているあいだに、その根元で桜花を褒めながら、いかに「 同じ桜花 」である多くの人に「 花見 」の酒宴で楽しんでもらうのかが大事と思っています。

昨年まで満開の花を開かせていた桜木を今年は見なくなったとき、寂しい思いもします。

饒舌な嘆きはこれくらいにして、本題に入らなくてはいけません。


私は、今まで書きましたように、私大の法学部出身で、文学や哲学や数学その他の様々な分野を知りませんから、独自な方法はなく、私の情報源はネットでして、これは皆さんも直ぐに参照できると思います。

私は「 一切皆空 」や「 色即是空 空即是色 」の自流の考えから、お釈迦様の「 無我 」を「 空なる我 」と置き換えて、自分の存在を否定するのではなく、生命たる宇宙(自然)エネルギーと生命エネルギーの習合を「 核 」として、そのエネルギーがこの世に現れたのが「 自我 」であると考えています。

「 自我 」は人間の眼には醜悪な「 形 」をしたものがあり、それはその人が築き上げてきた「 人格 」の現象でして、「 現象 」である限りは、「 死 」を前にして、一瞬にして「 形 」をお釈迦様のような姿形に変わる可能性も持っていると思います。

「 死 」を考えますとき、これまで起こった、戦国時代の武士の言葉や「 赤穂浪士、討ち入り 」や「 葉隠れ 」から感じられる江戸時代の武士道、最近では、三島由紀夫の死や神風特別攻撃隊の死が頭に浮かびまして、これらと自分の考えの「 生死観 」との違いを、是か非かを問わず考えさせられます。

前述しましたように、私の情報源はネットで、これらは、ネットで検索も出来ましょうから、ご参照ください。

彼らが「 死 」に向かう考えと、私の「誕生から死後までの意識」や「空なる我」とは同じなのか違うのかですが、根本は同じだと思います。

同じ日本人の考えですから、深刻な違いにはならないだろうとの予想もあります。

三回ぐらいの記事で終わると思いますが、まずは、江戸時代の武士道から、自分の考えが如何に離れているかを考えます。

それは、次回から始まります。








(5月11日)

2019年5月10日 (金)

将棋  プロ棋士を悩ませる若き勝負師、藤井聡太七段

ユーチューブを視聴していましたところ、最近、藤井聡太七段の驚きべき勝負師としての才能が現れたと私に思わせた対局を、二つほど紹介します。

私は、将棋を志したこともなく観戦者に過ぎませんので、詳しい説明は、将棋ライターの松本博文氏が書かれた記事を、それに合わせて紹介しておきます。

この記事を書こうと思い立ったのは、つい最近、2019年5月9日に王将戦の第一次予選として北浜八段と藤井聡太七段の対局です。


松本博文氏の記事は「 神童藤井聡太、連続王手の千日手で逃げ勝つ 」という対局です。


王手されたら合駒(あいごま)をして王手から逃げるのですが、ルールの上では、一番簡単に獲得できる「 歩 」を合駒しても問題ないのですが、わざわざ攻撃にも使える「 銀 」を使って、相手の一番強力な「 飛車 」の位置をひとつ上に誘い、次なる合駒に、自分の持ち駒の「 飛車 」を使いました。

攻め込んでいる北浜八段としては、合駒に使われた藤井七段の「 飛車 」を、自分が指した「 飛車 」で獲得すれば、また同じ手順に戻ってしまいますが、北浜八段が勝つためには、この手順を繰り返すしかなく、藤井七段も負けないためにはこの手順を繰り返すしかない。

このことを「 千日手 」と呼びますが、「 連続王手の千日手 」は、仕掛けた方が負けになり、この場合は「 北浜八段の負け 」になります。

ですから、北浜八段は「 千日手 」になる手順から外れて、藤井七段の「 飛車 」をそのままにして、藤井七段と攻守を変えたところ、藤井七段が王手から逃れ、王様を守るために合駒した「 飛車 」が、北浜八段の「 王様 」を攻めることに使われることになって、北浜八段の負けとなりました。

私は、藤井七段は、こうなる結果を予想して駒を使ったのだろうと思います。


もうひとつは、松本博文氏の記事「 藤井聡太七段、歴史的妙手で2018年度を締めくくる 」です。

その対局は、2019年3月27日、竜王戦の4組ランキング戦で、中田八段と藤井七段の対局で、「 6二銀の毒饅頭 」で皆さんもご存知だと思います。

それは、藤井七段、敗戦濃厚になって、誰しも中田八段の勝利を確信し、藤井フアンが肩を落とすころでした。

藤井七段の王様が危険な状態で、中田八段の「 飛車 」は、自分の王様を守ると同時に藤井七段の王様を圧迫していまして、藤井七段が攻めるためには、この攻守に使われている「 飛車 」の位置を変えさせる必要がありました。

そこで指した手が「 6二銀 」と、自分の王様を守っている駒を、中田八段の「 飛車 」に「 ただで 」、「 なんの犠牲も払わずに 」差し上げる手でした。

素人の私には、相手の「 飛車 」を自分の王様に近づける結果になり、次の一手で、自分が負ける「 危険な手 」だと思われました。

持ち時間も少なく、一見したところ非常に有利な位置に「 飛車 」を置くように見えたのか、中田八段は、その「 6二銀 」を「 飛車 」で獲得されました。

相手の「 飛車 」の位置を変えさせることによって、相手に守っている駒を守れない位置に導き、手番が攻撃する側になった藤井七段は、固く囲まれた中田八段の王様に、一気に襲い掛かり、勝利したのでした。

私は、これを見まして「 将棋は格闘技で怖いものだ 」と思いました。

絶体絶命と思われる場面の中で、守るための合駒の選択や、自分を守勢にしている相手の強力な駒の位置を変えるだけで、相手の駒が持っている力を半減させてしまう事によって、勝ち負けの立場を逆転させしてしまうゲームも「 将棋 」なのだと思いました。

絶対絶命の状況の中で、どんな不利の状況でも、自分の選択次第で立場を逆転し、勝利に導く道があるということを、感じさせる対局でした。


「 死中生あり 生中生なし 」で、生きようと思うなら生死を超えよと教えたり、「 肉を切らせて、骨を切る 」という戦国武将の精神を彷彿させるのが、「 藤井聡太七段 」だと、私は思います。







(5月10日)

 

2019年5月 9日 (木)

69歳になって考えること 私の進路 27  「空」からの空想・現象 その3

私は、これまで書いて来ましたように、「 無我 」というお釈迦様の考えではなく「 空なる我 」と呼んで、宇宙(自然)エネルギー(神)と生命エネルギー(仏)の習合で、ちょうど太陽や地球の引力や物質を結合せるようなエネルギーであると考え、そのエネルギーは引き付けた集合体が「 自我 」であり、それはエネルギーがひとつの眼に見える現象となったものであり、エネルギーを「 空(kuu)」とし、現象を物質と同一視して「 色(siki)」としました(空即是色)。

「 無我 」と言われると、私という生命体自体が否定されるように感じて、母親の胎内にひとつにエネルギーを秘めた種が宿るというように考えて、「 一切皆空 」の考えも加味して、「 無我 」をエネルギーである「 空なる我 」と置き換えて、上記のようなエネルギーが私の内部にあると考えました。


私は、自分も自然の中の、エネルギーの一つの現象で、それは皆さんも同じで、現象であるからこそ「 縁起縁滅 」というように、条件しだいで、これから違った形の現象にもなれる可能性を持っていると言うだけです。

これは、生きとし生けるものの中にあるのであって、ひとつの細胞の死から新たな細胞が生まれる「 新陳代謝 」という特徴があるもので、DNAに違いによって本能(能力)が違い、セミはセミ、トンボはトンボ、人間は人間と、DNAの通り、エネルギーが尽きるまで生き続けなさいという使命を果たすまで、ネコもイヌもライオンも生きれるだけ生きるのであって自殺をしたなんて、聞いたこともありません。

自殺するのは人間だけですが、他の動物とは違って「 意識 」を持つのは、動物が出来ない自殺するためですか?

E=MC²などという考えは、原爆を作ることもできましたが、同時に科学の進歩に多くの貢献をしたと思います。

「 意識 」の使いかたで、自殺も出来ますが、社会に貢献することも出来ると思います。

「 人間だけ自殺することが出来る 」というのは、人間としての誇りなどではなく、人間が他の動物がしない生きるという使命からはずれた事をする劣った動物であり、苦しくなったら使命なんかに構わずすぐ逃げ出す動物であることを示すことだと思います。

自殺以外に、「 死ぬ気になって 」することがあるのではないですか?

自殺したくても出来ない障害を持つ人や病人もいますが、その身を引き受けて生きようとしてる人に、なんと言うのですか?

「 羨ましいだろう 」とでも言うのですか?


引き付けるエネルギーを「 空なる我 」から発するのは、宇宙(自然)エネルギー(神)の下では平等でしょうから、DNAという生命エネルギーの種類や大小で引き付けるエネルギーと、引き付けられる物質も決まると思いますが、頭脳明晰や美人とかいっても、時の流れと共に色あせてゆき(無常)、毎年毎年、首席卒業者が排出され、絶えず技術も変わります(無常)しその人が皆、偉人でもありませんので、DNAの優劣は、人間としての優劣でないことは、いうまでもありません。

私は科学者ではありませんから、重力に関して重力子などという粒子の必要性の存否は知りませんが、昔、アインシュタイン氏は重力はエネルギーによる空間の歪みだとしたことを覚えていますので、私は、氏に従って、「 空たる我 」による歪み、中でも生命エネルギーによる歪みだと仮定します。

他の動物のような生命エネルギーでしたら動物らしくない歪みはないと思いますが、やはり先ほど申しました、自殺を企てる意識をもつのが人間で、特定の線を力線と思うような生命エネルギーの現象である意識による認識の歪みあるのかも知れません。

生命エネルギーの中でも、お釈迦様がいう「 三毒の煩悩 」が一番先に思われますが、それを生むのも快楽を求める衝動・本能であり、それが現れる場面を「 空間 」とし、その「 空間 」を歪めるものが、先ほどの煩悩だと仮定しますと、「 空間 」を担当する右脳は同時に感情も担当しますから、危険度や好き嫌いも「 空間 」の中で同時に働いて認識を歪めて、衝動のまま近くに引き付ける事になり、本来は清涼な「 空なる我 」の周りに、自己中心の自分が好きな物(無意識な可能性)だけを引きつけた「 自我 」になるのだと思います(空即是色)。

しかし、「 自我 」を現象だと考えると、それを分析すれば煩悩というエネルギーが見えると思います(色即是空)。

現象は「 空 」ですから(色即是空)、この煩悩に塗れた「 空 」を、清涼な「 空 」に変えることで、現象も変わると思います(空即是色)。

ネットで、悟るために修行するのが悟ることだという考えもありますように、煩悩というエネルギーが尽きることがない(無無明尽)ですから、生きている限り、悟る努力をすべきなのかも知れません。

「 自分も自然の中のひとつの現象で、条件しだいで相手の様な境遇にもなるが、他人も自分と同様なんだ 」と考えると、自分が嫌と思うことはせず、自分がされると気持ちの良いように他人にすると良いことがわかり、動物にも自然物にも、やさしい気持ちになって、いじめや差別も無くなると思うのです。

こんな私の考えが間違いなのか流行らないのか、遺書も残さず自殺に走る中学生が、絶えません。









(5月9日)

2019年5月 8日 (水)

69歳になって考えること 私の進路 26  「空」からの空想・現象その2

前回は、「 現象 」についての私の考えを書きました。

私は、それを人生の中で、どのように活かすのかを考えなくてはいけません。

「 現象 」というのは、何か見えない物が見える物の「 形 」になったと考え、私は「 空なる我 」を中心に据えていますから、その「 空なる我 」が「 形 」を変えて、見える物として現出するものを「 現象 」と考えます(空即是色)。

その集合体が「 自我 」であり、全体が「 現象 」であると考えます。

私は、宇宙(自然)エネルギーは皆さんと同じでしょうから、各々が相違するというDNAのような生命エネルギーが現出したのが行為や態度、あるいはブログなどの著作だと思います。

台風なども「 現象 」で、その「 縁起縁滅 」が客観的なデータなどとして分かれば、その規模や進行方向などの予測が可能になって、防災に役立つと思いますが、「 自我 」という「 現象 」はどうでしょう?

私は、エネルギーを推察することによって「 形 」を予想され、防止策も立てられましょうが、経験したことがないエネルギーや予想がはずれた場合、例えば、津波が原発を襲った場合は、予想とは違った「 形 」で、エネルギーは他の自然エネルギーになりますから、「 縁起縁滅 」も事後でしか分からず、事例として残し、後世の人に「 縁起縁滅 」を頼むしか仕方ないと思います。

私の場合も「 空なる我 」のエネルギーが解らず、その進行方向についても不明で、どこに連れて行かれるのやら心配です。

「 自我 」を否定して「 無我 」になったとしても、その人が死後に残した著作た収集物は、地球の表面の殻のように「 自我 」を形成した「 形 」として残り、「 空なる我 」が自分には分からないから煩悩によって収集したもの(現象)を通して、自分には見えない「 空なる我 」を推察し、その進むと予想されるのが望ましい方向に煩悩を使って自分が好む「 自我 」を形成するだろうと思います。

「 行動しながら考える 」とか試行錯誤などは、その例で、行為や「 形 」から「 悟り 」へ進むのも同じことではないのかと思います。

スティーブ・ジョブズ氏が、当初は直観に任せて「 点 」を作り、あとからストーリを書くのは、当初からストーリの行き先が解っているからと申されたと思いますが、私の考えでは、彼がしたのは「 この事 」で、そうすることによって「 空なる我 」を、そのまま現出させる事が出来るだろうし、死後に彼が残した物が、彼の「 自我 」の殻であることになります。

生命エネルギーの終焉によりそれが「 形 」に残されたのが、その人の著作などの作品や知識だと考えますと、そのような殻は、その人の「 自我 」であり煩悩も残存していると思いますから、殻である著作を持って、その人と同じ「 自我 」を形成したいと思っても、DNAにより殻を引き寄せた煩悩も違いますから、蛇の抜け殻を見て蛇の大きさを推し量る事は出来ても蛇が創れないように、アインシュタイン氏の頭脳を保管しても、アインシュタイン氏を創れないように、殻を幾ら集めても殻を作るエネルギーは創れず、「 一切皆空 」なんかではなく、虚無に襲われるのかも知れません。

しかし、エネルギーは「 神 」でして、創造物である人間が、創造するエネルギーを作ることは出来ないと思います。

私は、その残された殻を後生大事に保管し、エネルギーの復活を夢見るのではなく、その殻の中から自分の「 空なる我 」が進む可能性の糧とすること、がその著作を活かす事ではないのかと思います。

「 お経 」も「 聖書 」も同じで、持つ事に意味があるのではなく、その教えに従って生活する事が、それらを活かす事ではないでしょうか?

「 一切皆空 」ですから、著作も「 空 」というエネルギーを内部に秘めた「 無 」であり、そのエネルギーを「 現象 」として、この世に現出させることが、「 無 」から「 有 」を取り出す事(空即是色)であると思います。

有名作家の「 現象 」とか「 ブーム 」が報道されることがありますが、有名である事や客観的である事は、「 真実 」を保障しません。

何様の「 現象 」になっても自由と思いますが、人生は自分だけのものですから、自分が選択した点の間違いは、その先の「 大きな間違い 」となって、回復が大変なことになるかも知れません。

ちょうど、安全神話で騙された福島原発事故のように………。










(5月8日)

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